映画・テレビ

2009年2月23日 (月)

なごや・なかむら エツゾウ映画館No.14

Effee EFFEE(えふぃー)です。Photo
本日2月22日は、またまたエツゾウ映画館の日。近頃本当にこの日が楽しみで、同朋大学Doプラザ閲蔵のDoホールに行ってきました。
今回は、通算第14回(随分回数を重ねてきたんですね)、2009年の第一期韓国編2の第2回目でした。男優をテーマにしてユ・スンホ主演、イ・ジョンヒャン監督作品『おばあちゃんの家』(2002年)が上映されました。
男優ユ・スンホといっても、イ・ビョンホン、チャン・ドンゴンやウォン・ビンのようなおばさまに人気のある男優というのではなくて、この『おばあちゃんの家』では7歳の子役として出ています。最近では、ペ・ヨンジュンの『太王四神記』にペ・ヨンジュンの子ども時代役として出ていたので、ご存じの方もあるでしょう。
そんな通な設定だったのですが、この映画すばらしかった。後半、あちこちからすすり泣く声。僕もおもわず目を潤ませてしまいました。
物語は、母親と二人でソウルで暮らしているサンウが、夏のある日、母親の都合で田舎のおばあちゃんの家にあずけられ、都会暮らしのわがままな子どもが、耳も聞こえず字も読めず、言葉を話すこともできない老女と二人で、まったくすれ違った生活をするというものです。ユ・スンホも良かったのですが、おばあちゃん役のキム・ウルブンという老女が、チマチョゴリともんぺの粗末な衣装で山をゆっくりと歩く後ろ姿が、とても悲しげで印象的でした。
Photo_2 おどろいたことに、ユ・スンホ以外の配役はすべて一般民間人で、このキム・ウルブンも、舞台になっている村の住民だそうです。この老婆は自然の一部のように扱われていて田舎の風景そのものなのですが、実際にそうした人生を送っている人にしか表現できない眞実をもっているように感じました。
サンウ(ユ・スンホ)は、この老婆を馬鹿にし、田舎を毛嫌いしながらも、やがておばあちゃんの大きくて優しい本物の力に目覚めていきます。またこの展開が実に自然で、そして悲しいのです。
みなさん是非この映画鑑賞してみてください。お勧めです。
次回は3月22日(日)『秘花〜スジュンの愛〜』(2000年韓国、ホン・サンス監督作品)だそうです。セレクトして下さっている連城三紀彦さん、李相美さん一押しの映画です。彼らの選択に間違いはありません。奮ってご参加ください。

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2008年12月23日 (火)

『レッドクリフ』を観てきました(ファンは読まないで)

EffeeEFFEE(えふぃー)です。
ようやく大学の授業も一段落したので、「早く行かないと終わってしまうよ」というコマーシャルの脅しに乗っかって、ジョン・ウー監督の『レッドクリフ』をみてきました。
ここから先は僕の感想だし、ちょっと刺激的なので、ファンの方は読まないでね。
結論。正直言って本当にがっかりしました。映画を観終わってこれほど不愉快な思いを感じたのは近来稀です。
『三国志』はだれがどうみても優れた物語で、歴史的に語り継がれ大切にされてきたものです。こんなすばらしい素材を使ってこれほど陳腐な作品を作り上げるとは、それは『三国志』ファンや『三国志』の歴史に対する冒涜ではないかと思ったのです。
安易なコンピュータグラフィックスの多用が、この映画の制作者からも観客からも想像力や空想力を奪い去っています。一画面の中に数十万の水軍が写しこまれ、鳥のように俯瞰されているのです。その映像は壮絶というよりもまるでグーグルアースで衛星写真を見ているようなもので、実際の戦場で戦士達が感じている驚きや戦き、それに恐怖や葛藤を感じ取る隙がありません。
安物のコンピュータグラフィックスを多用して、子どものように「こんなにすごいんだよ」と感動を無理強いしてくるのにはうんざりしました。この手法は、陸戦の実写映像にも伝染し、さらには台本の台詞も押しつけがましく説教くさくなってしまっています。
とにかく、映像も演出も台詞も緊張感というものがまったく感じられず、弛緩しきったゆるい時間が延々と続くのです。
映画制作者はもっと緊迫した時間の中で、命がけの勝負をしているものだと思っていました。NHKの衛星放送(BS2)で22日の午後に「よみがえる巨匠の制作現場〜野上照代が記録した19本の黒澤映画」という番組が放映されていました。黒澤映画のスクリプターとしてなくてはならない存在だった野上さんが語る映画制作の現場は、本当に緊張感に満ちて、生死をかけた戦いのような雰囲気がありました。映画人には安易な商法に走るのではなく、作品を自分の子として大切に育て上げて欲しいと願うばかりです。

唯一の収穫は、諸葛孔明役の金城武が結構良かったことです。諸葛孔明としての「熱くなってはならない」という台詞の度に、意味不明なシニカルな微笑みを浮かべるのですが、それがわたしには、「そんなに熱くならないで、もっと自然に造りこもうよ」と監督に進言しているように思われました。

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