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2011年11月28日 (月)

報恩講

Yぞうです。

公式HPでも紹介しておりますが、本日は報恩講でした。

親鸞聖人の御命日に際しての法要です。

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尾畑学長が導師となり、法要を行います。

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別科の学生も、みな普段の声明の授業の成果を試すにはいい機会ですね。

福田教授からは講話をいただきました。

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拝聴した内容は、知的好奇心をそそられる内容だったり、人生観を揺さぶられる話がたくさんありました。

全てに触れるとボリュームがでかくなるので、Yぞうにとって印象的だったところを。キリスト教との比較。

クリスマスはイエス・キリストの生誕のお祝い。一方、報恩講は親鸞聖人の命日の追悼。キリスト教は誕生・スタートを祝うが、仏教は没した日。そこには、どのように死と向き合うかだったり人生に対する考え方の違いがあるということ。

「死を迎えた日によって、人生の完成をねぎらうのが仏教の命日。ブッダの没した日と悟りの日は同じ日とされる解釈もある。~そうやって考えると、故人の人生を振り返り讃える場の葬儀の感じ方も変わってくる。葬式仏教と言われ後ろ暗い印象を持たれがちな仏教にも、積極的な意味をもっと見出しても良いのではないか」という先生のお話(正確には一致してないと思いますが。。すいません)は、思わず「なるほど」とうなってしまいました。

「仏教を学ぶ」というと、馴染みの無い方にはもしかしたら「縁遠いもの」だとか、「自分は興味がない」という印象を持たれるかもしれませんが、誰しもが必ず関わる「死」との向き合い方だと思えば、誰でも興味・関心を持つ内容なんだと改めて思いました。

先生の言葉を借りれば、「説法の『法』は『真理』と訳す。『真理』とは不変のもの。それをブッダは説いた」のだとすれば、『不変の真理』を学ぶことは誰にでもより豊かな人生を送る糸口になり得るのではないでしょうか、と思ってみたり。

何より、「知る」ということは、楽しい。
今日改めてそう思いました。
そして、「知る」機会にあふれている大学はやっぱり楽しいな、と思いました。

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