無理をすれば道理が引っ込む
えふぃー(EFFEE)です。
今日は同朋大学「人生を考える集い」の日でした。以前にも紹介したのですが、学生一人と教員一人が人生を振り返って話をする集いです。
本日の話し手は、社会福祉学部の立松さん(女性)と、文学部の准教授福田先生でした。先生の話の講題は「無理が通れば道理が引っ込む」でした。
二人とも話しが上手でとても楽しい会でした。立松さんは、道で横になっているホームレスの方を無視して通りすぎる現代人に、若者らしい慈愛の眼で疑問を呈し、福田先生は学務部長として指導的役割についたばかりに「無理が通れば道理が引っ込む」場面に出会わざるを得なくなった、という話をしておられました。
福田先生の話のなかに、会議や会合で自己主張をする人とは別に、そこで沈黙している人の声をどのように聞くかが大切だという指摘があり、はっとしました。沈黙に道理がある場合が多いというのです。
先生は小林秀雄の言葉を紹介されました。小林はパスカルについて「高速に回っている独楽は止まっているように見える」と評したそうです。沈黙するものの中には、高速で回転しているが故に、何もしていないように見えるが、そこにこそ道理があることが多い。いかにして、この沈黙の声を聞くか。それが課題だとも。
自己主張を押し通そうとするものは、こうした沈黙の声を聞く素養がないので、結局は無理をして道理を引っ込めてしまうことになる。なるほどな.......。
今日のお話、若い人は若い人らしい正義感で、先生は先生らしい洞察力ある論理で展開され、本当に意義ある時間でした。
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