君はSickoを観たか
EFFEE(えふぃー)です。
映画は冒頭で、足をざっくりと切った男性が、保険が無くて病院に行けず、自分で足の傷を縫うというリアルな場面から始ります。おもわず目をそむけたくなる光景でした。
しかしその後は『華氏911』とは違って、問題をかかえる人たちが、マイケル・ムーアと共に行動に出ることによって真実を知っていく、という仕掛けになっていて、しばしばコミカルにしかし真摯に問題の本質が追求されていきます。
それにしてもわたしたちが知らないことのなんと多いことか。アメリカを中心とする節操のない自由競争礼賛は、結果として一部の特権階級と多くの従属階級という二重構造を作っているのです。この映画の中では、アメリカで国民皆保険制度を導入しようとすると、それは社会主義的で制約の多い政策として必ず否定される、しかし、結果として、民間保険会社と製薬会社、そしてこれらと結束した医師の特権を確保し、一方で貧しいもの、権力をもたないものへの医療が拒否されるか、ないがしろにされてきた事実があぶり出されています。
同じような政体をもったイギリスでは、医療は完全に無料です。それどころか、一定の収入に達していない人には、病院までの交通費が支給されます。イギリスの病院にあるCashierは、お金を徴収する場所ではなく、お金を支給する場所なのです。
ではイギリスの医者はこうした社会主義的政策によって、社会への奉仕者として貧しい暮らしを余儀なくされているのかといえば、ムーアが訪れたイギリスの保険医は、アウディに乗り、1億4000万円する家に住んでいました。この国では、保険会社の意向ではなく、どれだけの人を医療的に治療できたかによって医者の収入が決まるというのです。
ムーアはフランスへも行きます。 フランスでは医療も教育もタダ。大学へも無料で行けます。その上、赤ん坊のいる家庭には、週に2回、4時間ずつベビーシッターが無料で派遣され、彼らは洗濯や、望めば夕食の支度までしてくれるというのです。
わたしたちは、外国の事情といえば、すぐにアメリカを観てしまう傾向があります。アメリカ人は、自分たちの世界が全てであって、外に学ぼうとはしません。
小泉前首相は「聖域なき構造改革」といいました。しかし社会構造には守らなくてはならない聖域があります。「医療」「福祉」「教育」がそれでしょう。日本はどんどんアメリカ的になっていきます。もっと視野を広げて、収入の過多、特定の能力の優劣に関係なく、安心して幸福感のある生活がしたいものです。
“Sicko”はわたしたちにもっといろんな可能性を知ろう、と訴えかけています。
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