追悼マザーテレサ。
EFFEE(えふぃー)です。1週間程前にも書いたけれど、9月5日は、マザーと呼ばれたテレサが10年前にインドのコルカタ(旧カルカッタ)で亡くなった日です。
この文章を書いている時点ですでに9月6日になっているので、命日は過ぎているけど、インドではまだ9月5日なので、この追悼文も許してもらえるだろう。
今日こんなに遅くなった理由は、マイケル・ムーアの“Sicko”という映画のレイトショーを観てきたから。この映画のことはまた後日に話をするから、みなさんも観ておいて。いい映画だよ。
映画を観ながら考えたんだけど、わたしたちには、なんと知らないこと、知らされていないことが多いことか。もっと知るべきことは沢山あるのに、特定の意志と目的によって知るべき対象が制御されているようにさえ感じた。
やっぱりどこかの放送局がプリンセス・ダイアナの追悼特集をやるようだけど、マザー・テレサのことはもうすっかり忘れてしまっている。
今一度彼女の言葉を思い出してもらいたい。以下に記すマザーテレサの言葉は、沖守弘氏が出された講談社刊『マザー・テレサ あふれる愛』からマザーの言葉を引用しているホームページhttp://www.nsknet.or.jp/~kmg/teresa03.htmからの孫引きです。
★オキ、あなたの国では、人びとは何不自由なく生きているように思えるけれども、心の飢えをもっている人はたくさんいるでしょう。
だれからも必要とされず、だれからも愛されていないという心の貧しさ、それは一切れのパンに飢えているよりももっとひどい貧しさなんじゃないかと、私は思うの。
オキ、ほんとうにあなたのまわりにはいないといえますか?
だれも自分を必要としていないのだと思っている人が、もっと親と話したいと思っている子どもが、すんでいる部屋のナンバーでしか存在していない人が……
★健康な人や経済力の豊かな人は、どんなウソでもいえる。
でもね、飢えた人、貧しい人は、握り合った手、みつめあう視線に、ほんとうにいいたいことをこめるのよ。
ほんとうにわかるのよ、オキ、死の直前にある人でも、かすかにふるえる手が「ありがとう」っていっているのが。
……貧しい人ってほんとにすばらしいわ。
★いまの世の中、人間が人間を見捨てているのよね。
親が子を、子が親を、兄が弟を、友が友を、隣人が隣人を。
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