テレサとダイアナ
お久しぶりです。えふぃー(EFFEE)です。あんまり暑くて本当に弱ってました。
このところ、家でテレビばかり観ていて、ちょっと感じたことがあります。今年の夏は、イギリスのPrincess of Walesダイアナの死後10年ということで、テレビでは特集が沢山組まれてました。
ダイアナの死は8月31日。実は同じ年の9月5日には、マザー・テレサが亡くなっていることを覚えておられるでしょうか?あれ?マザー・テレサを知らないんですか?それでは少し解説しましょう。
テレサは、1910年8月27日に現マケドニア共和国スコピオ(当時は、オスマン帝国領コソヴォのウシュクブ)で富裕なアルバニア人実業家の子として生まれまれ、アグネス・ゴンジャ・ボヤジュと名付けられました。18歳でコソヴォを離れ、ロレット修道会に入会、ダブリンで基礎教育を受けて、イギリス領インドのカルカッタ(現コルカタ)に派遣されました。
最初はカルカッタの聖マリア学院で地理の教師をしていたのですが、ダージリンで神の啓示(「最も貧しい人の間で働くべし」)を受け、1948年には、粗末なサリーをまとって街頭に出、貧しい子供たちや路上で死に逝く人たちへのボランティア活動を始めました。
1950年にはバチカンから修道女会設立の許可を得て「神の愛の宣教者会」を設立、 「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からもケアされない人のために働く」(テレサのことば)活動を本格化させました。
また、インド政府の協力によってヒンドゥー教廃寺を譲り受けてホスピス施設「死を待つ人々の家」を運営したり、カルカッタを拠点に、要請に応じて世界中に活動の場を広げていったのです。
1979年には、その活動が認められノーベル平和賞を受賞するなど数々の社会的評価を受けるが、それに慢心することなく、一修道女として、神への奉仕を、貧しく孤独な人々に転化して、地道な活動を続けました。
そんな彼女が87年の生涯を閉じたのが1997年9月5日だったのです。
とても素朴で、まったく偉人ぶることもなく、しかしその生涯に実践された活動の重さは比類なきものです。その人が亡くなって10年。日本ではPrincess of Wales ダイアナのスキャンダルに満ちた生涯の特集は組まれても、マザー・テレサの足跡の意味を問い直そうという機運はマスメディアの中で湧き上がることはありません。
このことは、現代の日本の世相をよく表しているように思えます。豊かで社会的地位の高いものにばかり関心が集まり、お金持ちの豪邸や華麗な生き方は特集されますが、公園や駅裏、それにネットカフェなどに追い込まれて、厳しい状況にある低所得・住所不定の人たちについては、あまり報じられないか、あるいは特集されても視聴者が関心をもたないように思えます。
今わたしたちの足下で何が起こっているのか、わたしたちは何に注目し、どんな解決法を見いだしていかなくてはならないか。マザー・テレサの生涯はその問い掛けに大きな示唆を与えてくれるように感じます。
一度マザー・テレサのことを思い出してください。
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